仙台文学館

ことばの
杜を
あるこう

2018.11.22(木)
病のごと 思郷のこころ湧く日なり 目にあをぞらの煙かなしも/石川啄木

仙台文学館での9年間~初代館長・井上ひさしの足跡

IMGP1055-0土井晩翠、島崎藤村、真山青果、魯迅・・・・・・仙台は多くの文学者を受け入れ、育て、作品を生み出す力を与えてきた地。まちの中にはさまざまなかつての文学的な出来事が眠っています。もしかしたら、魯迅が通った道を今あなたが歩いているかもしれないし、あなたの立っているところで藤村が詩の構想を練ったかもしれない。仙台のそんな「文学的記憶」を掘り起こして、生き生きと皆さんの前によみがえらせる場、それが仙台文学館なのです・・・・・・

井上ひさし「仙台文学館開館に寄せて」
『グラフせんだい』№81、平成11年3月


井上ひさしは、平成10年4月に仙台文学館の館長に就任しました。この談話は、平成11年の仙台文学館の開館に際し、当時の仙台市の広報誌に寄せたコメントです。

中学3年の途中から高校卒業までを仙台で過ごしたことから、「仙台で人間としての栄養をもらった」とも回想していた井上ひさしは、開館したての文学館の初代館長として、多忙なスケジュールの合間を縫って来館し、平成19年3月に館長を退任するまで、講演会・文章講座や戯曲講座をとおして、来館者に言葉とメッセージを送り続けました。


○文章講座(平成11年から18年まで、全9回開催)

この講座は、受講生が毎回様々な課題で四百字の作文を書き、井上館長が直接赤ペンで添削を施しました。一枚一枚に丁寧にコメントを記すため、夜を徹しての添削となりました。最終日には参加者全員が朗読を披露し、優秀者には井上館長愛用の辞書がプレゼントされたこともあります。

○戯曲講座(平成13年から17年まで、全7回開催)

イプセン、チェーホフ、シェイクスピア、三島由紀夫など、毎回一人の劇作家を取り上げて、作品解説を交えて講読。せりふやト書きを一行一行丹念に読み込んでいく講座は密度の濃いものでした。

○館長講演・対談

当館の特別展・企画展で取り上げた文学者(宮沢賢治・林芙美子・島崎藤村など)の話や、新作芝居執筆のエピソード、また在仙の作家や演劇関係者との対談など、その時々の旬のテーマについて、豊かな見識と井上ひさしならではの話術で、聴衆を楽しませました。参加希望者が毎回定員を超え、会場外の中継モニターの前も人だかりができるほどの人気でした。

花束で見送り24


そのほか、平成14年3月に創刊した広報誌『仙台文学館ニュース』(年2回発行)の巻頭コラムの執筆や、出身校である仙台市立東仙台中学校での出前講座、市内の小・中・高等学校の教員の方々とのディスカッションなども行いました。

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○10周年記念特別展「井上ひさし展~吉里吉里国再発見」

館長退任後の、平成21年3月、開館10周年の節目の企画として、井上ひさしの特別展を開催しました。展示では、数ある井上作品の中から、憲法・農業・経済・医療など、普遍的・今日的テーマを内包する、東北が舞台の代表作『吉里吉里人』に焦点をあて、「吉里吉里国立劇場」「国会議事堂車」などを初めとする、主要な施設や場所を芝居の大道具仕立てでしつらえてコーナーを構成。吉里吉里国を訪ね歩きながら、井上ひさしの言葉に出会うような空間にしました。

また井上ひさし本人をはじめ川西町の遅筆堂文庫やこまつ座の協力を得て、「吉里吉里人」「青葉繁れる」「四十一番の少年」といった作品の原稿・プロット・構想メモなどの貴重な自筆資料も紹介しました。
会期中、今村忠純氏(大妻女子大学教授)との対談、及び講演会のために2回来館した井上ひさしは、元ストリップ劇場である「吉里吉里国立劇場」や、吉里吉里国の最重要施設である「吉里吉里国立病院」の「病院の金隠し」までもしつらえた展示を見て、「よくこんな馬鹿なもの作りましたねえ」と笑いながら展示室をまわっていました。

9年に及んだ館長在任期間中、講演会や文章講座で井上ひさしが一貫して説いてきたことが「言葉で考え言葉で伝えることの大切さ」と「過去に向き合い、過去から学ぶ姿勢」でした。どの講座でも講演でも、そのことを繰り返し伝えていました。

井上館長在任中に館を訪れたお客様、職員、そのほか文学館に関わった多くの人と人とのつながりがその言葉によって築かれました。平成22年4月に井上ひさしが逝去した後もその輪は広がり、今日に至っています。